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恋愛についてのメモ

ブログの“年明けに両親に明からめたこと”にもあるように、
http://megumi-sakurai.hatenablog.com/entry/2016/03/15/004351
私の恋愛は、表立って相手に対しての行動的依存は無いけれど、内面での依存は強かったと思うから、なかなか続かなかった。






どうして依存してしまうかというと、
私の持ってないものと“思い込んでるモノ”を相手が持っていたりして、彼がいれば“私を変えて”くれたり、“高みに引き上げて”くれるのではないか“幸せにして”くれるのではないかと勘違いしているから。





そんなの続く訳がない。




続くなら、相手がよっぽどの偽善者か何かかと思う。






逆を考えてみる。
もし仮に、彼(彼女)が“変えて下さい”、“高みに引き上げてください”、“幸せにして下さい”ときたら…

相手の持ってるモノは“変われない”、“高みにいけない(成長出来ない)”、“今、幸せではない”となる。



そんな人と一緒に居たいと思うだろうか?





私は重た過ぎてそんな人とは一緒に居たくないと感じてしまった。





今、1人で居ても幸せでなければ、誰かと幸せになる事は難しい。





だから、自分と“恋愛”する。

【恋愛】恋と愛に分ける。

更に[恋]の漢字を分けてみる。
亦と心になる。

〔亦〕読みはまたとなり、意味は再びもう一度となる。
下に心なので、繰り返す心。

[愛]は受けるの中に心になる。
恋の繰り返す心を受け止め続けた結果、愛になるのではないかなと私は解釈していて。





伝わるかな。






結局のところ、恋において起こり得る全ての感じる感情を味わいつくしてOKが出せないと“愛”や“幸せ”を感じることも難しいし、自分を愛していないと空回りしているだけなんじゃないかって思う。






だから〇〇の為にではなくて自分の為にがあって、それが全て済んでからの〇〇の為になるんだなって。





よく、“愛が溢れる”というのは本当は解りやすいです表現なんだけど、途中経過の説明がないから、上面のおかしなこと始めちゃったんだよね。
私は始めてたしやってたことあるけど、違和感が凄かったし続かなかった。





その時にコップから水が溢れる例え(コップから溢れた水が周りを潤すみたいな)するけど、“溢れる”も凄いと思ってしまう。

「氵」を使う文字は、生命を感じさせるから。
この続きは次回に。






運命を最大に生かす四柱推命鑑定師の道は続く