37歳の美容から派生した運命についてのメモ

30代になってからは年齢を言い当てられることは無くなった。




何かしてますか?と聞かれても「特に何もしてません。」と言ってた。




けど、20代後半から毎日愚直に体全身に化粧水をつけてクリームをつけてとケアしている。




どうしてかというと、顔一部だけしていても意味がないから。
一部の顔だけ綺麗とか気持ちが悪い。
見たくないところも見て、一度“受け入れている”から愚直にケアしてる。





それって“運命”とも近い所があって、四柱推命で鑑定していて私は良い所も悪い所も伝える様にしている。
一度、良いも悪いも受け止めてから運命が生かされる。





“善悪”、“明暗”、“男女”、“表裏”とある様に、全ては“対”になっている。



常に“私”対“何か”
それは“私”対“私”かも知れない。





“私”を知らないと私という“素材”をどう扱って良いか分からないのと一緒で、“運命/性質”の良いことも悪いことも知る。
知った上で“生かす”





先人の言葉で“若いうちの苦労は買ってでもしなさい”というけれど、四柱推命でも同じ様な事をいう。


人生は振り子の様なもので、右に大きく振れたら左にも大きく振れる。
振れた時に良い時期にいるのか、悪い時期にいるのかは分からないけれど、先に苦労(余り善悪で言いたくないけど分かりやすく“悪い”とします。感情に良いも悪いもないから)をしておくと運命は変わっていく。




人生は必ずした事に対して“清算”が付いて回る。
その清算が、自分の時なのか、親の時なのか自分の子供の時なのか、孫なのか分からないけれど、どこかで必ず“清算”は来る。





今どちらに振り子が振れているかを“知って”相手の望む様に手助けするのが、私の運命を最大に生かす四柱推命鑑定師のやることだと思う。
“生きたい様に生きる”





(師匠のアドバイスで薔薇の香水買いましたが、“人生薔薇色”ってコトかなと思った今日)


運命を最大に生かす四柱推命鑑定師の道はつづく