次善の策についてのメモ

私は四柱推命を使って私を喜ばせたかった。





思えば、いつでも自分を護ろうとして頑張ってくれたのは私だった。





四柱推命を“やりたい”って言われて、叶えてあげたのは誰でもない私だった。





これ以上“後悔”しないように、私をもっと大切にしたい。
だから、“次善の策”として四柱推命をやりたかった。
今思うと、もっと早く知りたかったけれど全てはタイミングなんだ











だから今、感じ切ってしまったら“それ”が“本当”だったと知って/気付いてしまうのが怖かった。





もう、自分が何なのか分からずに出し惜しみして“後悔”したくない。






私にこんな“思い”はもうさせたくない。





(いれたかった“Q”を鎖骨に朱色でいれてきた。)



運命を最大に生かす四柱推命鑑定師の道はつづく