明からめるについてのメモ

“ご自愛ライフスタイル研究所所長 小原綾子”さんの『ご自愛脳♡速習ゼミ』3DAYSの1日目に参加して気づいたことのメモです。



小原綾子さんのブログ↓
http://s.ameblo.jp/focus-me/entry-12161176378.html





お話しの中の1つの“明からめる”について。


以下ネットから引用ーー

「明きらむ」、要するに「明らかにする」という意味で、真理を観察して明らかに観るという事。

仏教での「諦」という字は「真理を悟る」という意味。「明きらむ」という事。

般若心経最後の一節、「羯諦羯諦 波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶(ぎゃーてーぎゃーてー はらぎゃーてー はらそうぎゃーてー ぼーでぃーそわかー」ではこんなにふんだんに「諦」の字が使われています。

「 明きらむ」は「真理を見極める」。

そこから「周囲の状況をあるがままに見極め、見極めようとしている自分自身が認識できる範囲を知り、能力を発揮できる範囲=限界を悟ること」

という意味で使われ、

それで「限界を悟り、断念する」となり、

それで「思いを断念する」という意味で

「諦める」が使われるようになったのではないか

という説があるそうです。ーー

私はよく、若いとか綺麗とか可愛いとか言われます。(嫌味と思う方はこの先無理に読まなくて大丈夫です。)





でも自分に“ダメ出しする事”は多々あって、褒められた事に対して“嬉しいです/ありがとうございます”と言っても、内心は“他人事”のように感じてる自分でした。







でも、今日綾子さんに“明からめる”のお話を聞いた時に、藤本さきこさんの【ドーベルマン】の記事を思い出しました。

http://s.ameblo.jp/petite2325/entry-12139802982.html?frm=theme

それを読んでてもよく分からなくて“他人事”でした。



でも気付いちゃって、私が外見とか内面とか“褒められるの”結構当たり前なんです。

(褒めて下さる方ありがとうございます!本当にありがたいです!)







更にどうして腑に落ちたかと言うと、綾子さんが「次回はメイクレッスンするので早く開始します。でも、めぐみさんは来ても来なくても良いです笑」(私:行きます!)と言われて、そこまで言われて気付きました。







小中といじめにあい底辺に居たのに、それが嫌で嫌で自分で収入を得るようになってからは、ファッションでも美容でもコミニケーションスキル・接客・心理などの情報・本・雑誌、接客からかなり学びました。

かなり投資もしたし、騙されもしたし、努力しました。





正直、内容は別としても“可愛い/綺麗”は作れます。





だから、今の“結果”として外見とか内面に現れていて褒められて当たり前なんです。







努力して頑張ってもこれでもかと“自分を見下げてる私がいた事”にショックで絶望しました。





“今まで何してたんだろう?”って。
努力してきた自分に失礼でした。
(結果相手にも失礼)




“私には良い男が出来て当たり前の筈なのに、何してんだ”って。





確かに過去お付き合いした人は良い人だったけど、私に酷いこともしたって。

綺麗事じゃなかったし、自分を見下げた結果そういう“現実”になってた事。





“投影/鏡”とは解ってたけど、かなり腑に落ちました。







しばし“絶望” に浸ります。
(因みにデブも明らめました!笑)







(ブーケを用意して下さった、主宰の紺野香織さんありがとうございました♡香織さんのブログ→
http://s.ameblo.jp/ma-lie-smile/entry-12160157308.html)




(美女筋の作り方も教えて頂きました♡)