【自分自身を信じる】

自分自身を信じる。

私は、四柱推命を学んでからは家に氏神様をお祀りしています。




毎日、朝起きてと寝る前に
“無事に朝を迎えられたことと、1日を無事に過ごせたことを感謝”しています。
(年寄り臭!笑 でも、落ち着きます)




それは、結局自分自身へ向けての言葉。





『信じる』は、人に言うと書いて信じる。




神社には鏡があるのは、古事記天照大神が岩戸に隠れて世界は闇になった際に

『天宇受賣命が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りして胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。(陰部!⁉︎そこ⁈)
すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。(そして爆笑‼︎?)
これを聞いた天照大神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受賣命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。
アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命と太玉命が天照大神に鏡を差し出した。
鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていたアメノタヂカラオがその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。』

とあるように、天照大神自身が鏡に写り込んで自分自身を見て貴い神がいると勘違いして出てきた。




勘違いなんて、正直根拠なんてないんだと思うのです。




なんせ、勘違いだから。





根拠ない自分を信じることが、世界の闇から世界を光で包んでしまったんだと。




でも、生きる過程で忘れてきてしまったから、朝と夜向き合うようにしている。




もう1つ『鏡』(かがみ)の『が(我)』を抜くと『神』(かみ)になるそうです。





私の今のテーマは、『信じる』と『決める』こと。
私は突き抜ける準備は出来てるけど、飛び込めないでいる。
でも、それも間も無く。