【今あるものに気付けたなら】

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今あるものに気付けたなら、『今』の自分に労う言葉をかけられたかな?




自分にとって最悪な時も最高な時も共にいてくれて、どんな時も見捨てずに寄り添ってくれた自分。
一生懸命生きてくれている。




そんなに頑張ってる自分を認める事もなく、他人の事ばかり羨んで良いなと他人ばかり認めていたら、『ジブン』はどうなるんだろう?




どう思う?




自分に大事にされてないジブンは、
そりゃ卑屈にもなるよね。
嫌にもなるよね?
何て自分はダメなんだって。




でもそこに気付けて、でも現状不満足だから素直にありがとうは言えなくても『いつもお疲れ様。』って言えたらどうだろう?




なんか、気持ちが緩むよね。




他人には『お疲れ様です。』って言えても、ジブンには言わない。




欲しい言葉は、いつも他人に差し出してる。




それを、ジブンに差し出してみる。




ジブンに声を掛けてあげる。




続けていくと、段々ジブンに声をかけるのも慣れてくる。




すると、『今/ジブン』が満たされてくる。



そりゃそうよね。
ずっと与えてるんだから、お腹も一杯になってくるし、お腹が一杯になったら自分はもう要らないから、近くにいるお腹空いてる人にあげちゃうよね。
(食べ物なら賞味期限あるし持ってても…ねぇ?)





そこから、なんだよね。





でも本質を言ってしまえば、『足りてないジブン』も『足りてるジブン』も、どっちかが良くて悪いなんてない。
どっちもあって良い。
肉体があり続ける限り、“喜怒哀楽”も“欲”も“煩悩”も“妬みも”も“僻みも”消えやしない。
ただ、その悩むスパンが限りなく短くする事は出来る。





ただ『足りてないジブン』が辛いのなら、ちゃんとジブンが『欲しいものや言葉』を自分に差し出したらいい。




そうしたら『どこか満たされない』が楽になるから。



(こちらは大好きな人たちに頂いたプレゼント!ブレてるw)